仮想通貨を盗まれた場合の法律関係

盗んだ人に「その仮想通貨を返せ」と言えるか

たとえば,あなたが保有している仮想通貨に対してハッカーの攻撃があり,あなたの秘密鍵を利用して仮想通貨を盗まれた(そのハッカーに仮想通貨を移転されてしまった)場合に,「盗んだ仮想通貨を返せ」と言うことができるでしょうか?

まず仮想通貨から少し離れて「物」を盗まれた場合を考えます(仮想通貨はコンピューター上のデータであるため「物」ではないと取り扱われます)。

たとえば,仮想通貨ではなくあなたが持っていた100万円の自動車を盗まれたとしましょう。

この場合には,あなたは自動車泥棒に対して「盗んだ自動車を返せ」ということ(自動車の返還請求)もできますし,「あなたが自動車を盗んだことで被った100万円の損害の弁償として100万円を支払え」ということ(損害賠償請求)もできます。

これを仮想通貨に置きかえて,100万円分の仮想通貨を移転されてしまったとした場合には,後者の損害賠償(「仮想通貨を盗まれたことによる被害額である100万円を支払え」と言うこと)ができることは問題ありません。

問題は,「盗んだその仮想通貨を返せ」と言うことができるかどうかです。

なぜこれが問題となるかというと,自動車の場合に「自動車を返せ」と言うことができた理由は,その自動車が盗まれたとしても「あなたのもの」であるためです。

「自分の物だから,自分の下に戻せ」というのが,返還請求の実態なのです。この理屈は果たして仮想通貨の場合にも使えるのでしょうか。

仮想通貨はデータであって「物」ではないため,この場合にもハッカーに移転された仮想通貨が「私のもの」ということができるのかという問題です。

この点については実は法律的にまだ明確な答えは出ていません。

しかし,仮に「仮想通貨を戻せ」という権利が認められ,裁判所がそれを認める判決を出してくれたとしても,実際に返還を強制することは困難であり,通常は「損害を賠償せよ」という請求にならざるを得ないと考えられます。

もっとも,自動車と異なり仮想通貨の値動きは非常に激しいので,被った損害がいくらか(たとえば,盗まれた時には100万円であっても,その後200万円に上昇し,裁判所が判決を出す時には70万円に下落していた場合,損害額はいくらなのでしょう)を判断するには,別に難しい問題が生じます。

盗んだハッカーからさらに移転を受けた人に対する請求はどうか

では,そのハッカーが,盗んだあなたの仮想通貨をさらに別の人に送金してしまった場合はどうでしょうか?

たとえば,あなたから仮想通貨を盗んだハッカーが,仮想通貨を売買代金として使用し,お店の人に対してあなたから盗んだ仮想通貨をつかって支払をした場合(この場合には,あなたの仮想通貨はあなた→ハッカー→お店と移転し,あなたの仮想通貨はお店のアドレスにあります)に,あなたからお店に対してどういった主張ができるのでしょうか?

このような場合にも,上記と同様「盗まれて移転されたその仮想通貨を『返せ』と言えるかどうか」の問題と「盗んだ人から移転を受けた人に賠償を請求できるか」との点を分けて考える必要があります。

「その仮想通貨を返せ」と言えるか

この点については,直接盗んだ人に「返せ」と言えるかどうかの問題と重なるものであり,まだ法律的には明確な判断がなされていません。

結局盗まれた仮想通貨がまだ「あなたのもの」なのか「あなたのところに無ければ,あなたのものではない」となるのかによって考え方が分かれることになります。

まだ「あなたのもの」と考えれば「その仮想通貨を返せ」と言えることになりますし,「すでにあなたのものではない」と考えるのであれば,「返せ」とは言えないことになります。

この点についての決着をつけるには,この後に事件が発生た時に裁判所がどのような判断をするかを待つことになります。

盗んだ人からさらに移転を受けた人にも賠償を請求できるか

では,仮想通貨の返還ではなく,被った損害の賠償を求める形で金銭の支払を請求した場合はどうでしょうか。

この場合には,あなたは盗んでハッカーには賠償の請求ができますが,お店の人には請求ができないのが原則となります。

なぜなら,お店がハッカーから仮想通貨を代金として受け取ったのは,正当な取引の結果でありお店に落ち度がないためです。

しかし,お店とハッカーが実はグルで,ハッカーが支払に使った仮想通貨があなたから盗まれたものであると知っていた場合や,お店が,実はあなたから盗まれた仮想通貨であるということに容易に気づけたのに「まぁいいや」と思ってあえて受け取った場合などは,お店の行為もあなたに対する違法行為となりますので,お店に対して賠償請求できる場合があります。

預けていた取引所から盗まれた場合

あなたが取引所で仮想通貨を購入し,自分のアドレスに移さずに取引所に預けていたとします。

その取引所は,あなたの仮想通貨を取引所自身の資産とは分別して管理することになりますが,取引所がハッカーから攻撃を受けて利用者のアドレスの秘密鍵を盗まれ,あなたの仮想通貨が勝手に移転されてしまったとします。

このような場合には,取引所に「仮想通貨を自分のアドレスに戻せ」と請求できるでしょうか?
この点については,結論的に「戻せ」と請求できると考えられています。

この場合には,取引所は盗まれてしまった仮想通貨を取引所の責任で調達してきて,あなたのアドレスに戻すことになります。

これを法律的に考えると,あなたは取引所に仮想通貨を預けているのであり,取引所に対して「預けている仮想通貨を自分に渡せ」と言える権利を持っていることになります。

あなたのこの権利は,取引所が仮想通貨を盗まれたとしても消えるものではありませんので,取引所が被害に遭ったかどうかに関係なく「預けている仮想通貨を自分に渡せ」と言うことができるわけです。
これは銀行にお金を預けていることを考えると分かりやすいかと思います。

あなたが銀行にお金を預けている場合,あなたは引き出そうとしたお金を「払え」と銀行に言うことができますし,銀行が銀行強盗に遭ってお金を取られたとしても「強盗に取られたので,お金はありません」と支払を拒絶することはできません。

もっとも,上記は法律的な原則の話であり,実際にはこの原則とは別の合意が取引所との間で交わされていることがあります。

取引所利用の約款に「万一盗まれてしまった場合に,盗まれた仮想通貨を調達してくることが難しい場合には,代わりに日本円で補償します」といった規定がある場合があります。

その場合には,当事者で合意したこの規定が優先しますので,規定の内容に従うことになります。

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